通りすがり速報

「これはヒドイ」から「これはすごい」まで まとめサイト

    タグ:カミングアウト

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: おでん ★ 2018/06/19(火) 12:34:13.30 ID:CAP_USER9
     紀州のドン・ファンと呼ばれた酒類販売業社長の野崎幸助氏が不審死を遂げた事件で、
    22歳の妻が18日に放送されたフジテレビ系「バイキング」で、体の関係は「一回もなかった」という夫婦生活を明かした。

     番組では15日に放送された野崎氏の妻のインタビューで流せなかった部分を放送。
    その中で、インタビュアーの坂上忍が「ぶっちゃけ聞くけど、男と女の関係になったのってどれぐらい?」とストレートに聞いた。

     すると妻は「社長の、1日3回、5回しなきゃいけないと自叙伝に書いているんですけど、そういうことを言って注目されたい人だった」と、
    野崎氏が注目されるきっかけとなった自叙伝の内容に触れ
    「本当はもう、体が悪くて。転んだりしたら一人で立ち上がれないほどすごい体が不自由」と、野崎氏の健康状態を明かした。

     そんな野崎氏だけに「ほぼ介護状態で、体の関係っていうのは私は一回もなくって」と
    、肉体関係は一度もなかったと驚きの夫婦生活を明かした。

     妻は更に「体の関係から否定したら、自叙伝自体、全部否定しちゃうことになって。
    なので(最初のインタビューだった)FRIDAYでは言えなかった」ともコメント。
    “紀州のドン・ファン”と呼ばれた根拠を否定することは言えなかったと訴えていた。

    a2642eac-s
    http://news.livedoor.com/article/detail/14881750/
    5: 名無しさん@1周年 2018/06/19(火) 12:36:38.94 ID:FN89iWAW0
    うそつけw
    7: 名無しさん@1周年 2018/06/19(火) 12:36:50.29 ID:kfCdIipL0
    気持ち悪いな
    ペラペラ喋りすぎだし
    【【紀州ドンファン】野崎幸助の嫁が衝撃カミングアウト】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
    1: 江戸領内小仏蘭西藩 ★
     悪役レスラーとして女子プロブームをけん引したダンプ松本(57)が24日深夜放送の「じっくり聞いタロウ」(テレビ東京系)に出演し、自身が32年間もパチンコ依存症だったことを赤裸々に語った。

     1台に最高で1日16万円をつぎ込んだという松本。総額は「マンションが買えちゃうぐらいですかね、都内に」と述べ、依存症だった30年以上について切り出した。

     松本がパチンコを初めてやったのは19歳のころで、当時まだプロレスの練習生だった。マラソンのコースにパチンコ店があり、「練習中にのどが渇くから300円くらい隠し持っていて。途中でジュースを飲んじゃおうと思って」と店に立ち寄ったが、「ジュース買うか、パチンコやるか、どうする?」と迷ってしまったという。
    そこで初めてパチンコをやったら「1発で(当たりが)出ちゃった」。300円が9000円になるビギナーズラックを経験してしまったのだ。「出ちゃったからもう止められないよね~」と振り返る松本。以降、練習の合間を縫ってパチンコ通いをするようになった。

     レスラー、タレントとして活躍していた全盛期は年間300試合をこなし、年収はおよそ4000万円。仕事の合間にパチンコに通い、稼いだ金を湯水のようにつぎ込んだという。当時の心境は「ストレス解消と勝ちたくていく。負けると取り返したい!」。
    その日の軍資金がなくなっても「ATMがすぐ(近くに)ある。パチンコ屋さんの中にもあるし。ひどいでしょ?階段のところにあるんです!わざわざ外にいってATMまでいかなくていいんです。パチンコ屋から一歩も出なくていいんです」と説明。そして「パチンコ台が呼んじゃってるから。『おいで~あとちょっとで(当たりが)出るわよ~』って。(台から)聞こえる」と述べた。

     ATMがない店で軍資金が底をついたときは、パチンコで得た腕時計などの景品をそのまま質屋に入れ、「1万円くらいもらってまた(パチンコを)やる」。当時はパチンコより楽しいものがなく、「(プロレスは)たたかれてお金をもらう仕事だからね。たたかれないで(お金を)もらえるのがすごくうれしくて」と話した。

     27歳でプロレスを引退し、時間に余裕ができるとパチンコ通いはさらに加速した。「朝9時に(パチンコ店に)いって並んで整理券をもらって。(閉店する夜の)11時まで(打ち続ける)。『蛍の光』が(BGMで)かかっている」という生活を送るようになっていた。

     しかしパチンコ歴約30年目の50歳のころ、当たりの出ないことにむなしさを感じるようになり、パチンコ店にいるのが苦痛になっていったという。これをきっかけにパチンコとの決別を誓ったが、「おすし屋さんにいって誰かがタコを食べていると、『あ、確変だ!』(と思ってしまう)。カニが泳いでいたら『確変だ!』って思っちゃう」という“禁断症状”に苦しめられた。
    「寝ても覚めても魚群が泳いじゃうわけですよ」と、パチンコを想起させるものを見ると、その衝動を抑えられなくなり、再びパチンコ店に足を踏み入れるようになっていたという。

     松本はパチンコをやめる、また戻るを「80回くらい繰り返した」と強調。そんな苦しいなか、ある日、パチンコに使おうと思っていた10万円を友人たちの食事に使うことを考え、結果「おいしいものを食べてお酒を飲んだときにストレスが全然なかった」。松本は「(お金が)戻ってこなくても、全部(食べ物や酒が)腹に入っているわけだから。それがすごくよくて、(パチンコを)やめられた」と話した。

     今では「やっぱり何か食べたほうがいい!食べたり、旅行にいったりしたほうがいい!」と考えられるようになり、パチンコ以外の楽しみを見いだすことで、依存から抜け出すことができたとした。
    パチンコをやめて6年が経過し、「やっとやめられました」としたが、「(今でも)夢でたまに魚群が出てくる」という。しかし松本は「どうしようと思いましたけど、(パチンコには)いきませんでしたよ」と笑顔を見せ、番組を盛り上げた。(zakzak編集部)

    【【ダンプ松本】衝撃事実をカミングアウト!!!!!!】の続きを読む

      このエントリーをはてなブックマークに追加
     67c7f6ca-s

    1:通りすがりのアノニマス
    25日 あさイチに栗原類が出演。

    栗原類が米国で暮らしていた子供の頃、発達障害の診断を受けたことをカミングアウトした。
    栗原は大きい声が苦手で歌の時間に教室を出たら、歌を楽しむことのできない子とみなされたなど辛かった子供時代を赤裸々に告白。

    アメリカでは耐えられた音楽の時間が日本では苦痛だったという。
    栗原類は「アメリカの小学校では音程を正しく歌うように教えるが、日本の小学校では外れていても構わずがなるように大声で歌っていた。耐えられず教室から逃げ出してしまった。先生に言うと『元気良く歌う子供を批判するのか』今でも大きな音が苦手」

    日本では音程じゃなく「元気があればOK」という唄い方が優先されるので、発達障害には苦痛でしかなかったようだ。


    番組内容
    夫の発達障害 NHK総合・東京(あさイチ) 夫の発達障害に悩む女性が急増。栗原類は米国で生活していた頃ADD(注意欠陥障害)と診断された。夫がASD(自閉症スペクトラム障害)の女性を取材。

    【【悲報】栗原類がASD・発達障害だったとあさイチで告白(画像)】の続きを読む

    このページのトップヘ